岐阜地方裁判所 昭和56年(行ウ)8号 判決 1983年2月28日
原告 株式会社帝国データバンク
被告 岐阜北税務署長
訴訟代理人 岡崎真喜次 木村亘 植村隆郎 長屋芳昭 外二名
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告を名宛人とする昭和五五年七月七日付の「源泉所得税の加算税賦課決定通知書及び納税告知書」と題する書面(なお、原告を名宛人とする同五六年二月一四日付の「源泉所得税の加算税賦課決定等通知書(訂正用)」と題する書面によつて訂正された結果を参照のこと。)によつて原告に対してした、本判決書末尾添付にかかる別表(支給額明細及び源泉所得税等明細表)の源泉所得税欄及び不納付加算税欄にそれぞれ記載された同五〇年六月分から同五五年三月分までの源泉所得税(本税)合計三九七万八七二九円の納税告知処分及び右源泉所得税の不納付加算税合計三九万五二〇〇円の賦課決定処分をいずれも取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和四四年一二月一八日、それまで原告が雇用していた訴外大野弘郎(以下、単に「大野」ともいう。)に対して、同人を懲戒解雇する旨の意思表示をしたところ、同人は、右懲戒解雇の意思表示の効力を争い、間もなく、岐阜地方裁判所に対し、原告(なお、原告の当時における商号は株式会社帝国興信所であつた。)を被申請人として、右解雇の意思表示の効力停止及び同解雇の日の翌日以降の賃金(月額金八万〇〇七〇円)仮払いを求める仮処分を申請した(同裁判所昭和四四年(ヨ)第三四二号)。これに対して、同裁判所は、口頭弁論手続を経たうえ、同四五年六月一日、右仮処分申請を是認して、該申請を全部認容する旨の判決をした。原告は右判決を不服として名古屋高等裁判所に控訴したが、同高等裁判所において右控訴は棄却され、結局、岐阜地方裁判所が第一審としてした右仮処分認容判決は確定するに至つた。
その後も、右大野は、昭和四七年から同五四年にかけて、岐阜地方裁判所に対し、いずれも原告を被申請人として前後九回に及ぶ仮処分を申請し(なお、その事件番号は以下のとおりである。すなわち、(一)昭和四七年(ヨ)第一一一号、(二)同四八年(ヨ)第三八号、(三)同年(ヨ)第二九三号、(四)同四九年(ヨ)第三〇五号、(五)同五一年(ヨ)第一七号、(六)同年(ヨ)第三四三号、(七)同五二年(ヨ)第五〇四号、(八)同五三年(ヨ)第四三三号、(九)同五四年(ヨ)第五二二号)、該各仮処分申請において、それぞれ解雇後の賃上差額をはじめ、賞与、諸手当の増額分などの金員仮払いを求めたところ、同裁判所は、その都度、右各申請をそのまま認容し、原告に対し、右各申請金員の仮払いを命ずる趣旨の仮処分決定をした。
2 そして、原告は、前項に摘示した前後合計一〇回にわたる仮処分申請事件のいずれの関係においても、当該事件の判決の宣告又は同決定の告知を受けた時点以降、右の各判決又は決定の趣旨に従つて、当該仮処分裁判によつて定められた各仮払金額を右大野に対して支払つた。しかして、かくのごとくにして、原告が右大野に対して支払つた金員のうち、とくに、昭和五〇年六月から同五五年三月までの間に支払つた各月の支払金額は、本判決書末尾添付にかかる別表(支給額明細及び源泉所得税等明細表)に記載されているとおりである。ちなみに、原告は、右別表記載のとおり、前記各仮処分裁判によつて仮払いを命ぜられた各月分の仮払金員を右大野に対して支払うにあたつて、その都度、同表の給与総額欄記載の各金額(該金額が前記各仮処分裁判によつて仮払いを命ぜられた当月分の金員総額である。)から所定の失業保険料及び厚生年金掛金を控除し、その残額である支給額欄記載の各金員をこれからその所得税分を控除することなくそのまま右大野に対して支払つたものである(以下、原告が前記各仮処分裁判によつて右大野に対して仮に支払うことを命ぜられた金員を単に「本件仮払金」という。)。
3 ところが、被告は、原告が右各仮処分裁判に従つて右大野に対して支払つた本件仮払金が所得税法二八条一項所定の「給与等」にあたる旨の見解に固執し、該見解に立脚して、右仮払金を支払つた原告には本件仮払金額から所定の給与所得控除額等を控除した残額に対応する法定の所得税額を源泉徴収してこれを国に納付すべき所得税法一八三条一項所定の義務があるのに、原告が該義務を怠つたとして、昭和五〇年六月二四日から同五五年三月二四日までの間に原告が前記各仮処分裁判に従つて右大野に対して支払つた本判決書末尾添付にかかる別表記載の本件各仮払金について、同表の源泉所得税額欄及び不納付加算税額欄記載のごとき各源泉所得税額及び各不納付加算税額をそれぞれ算出し、原告に対し、昭和五五年七月七日付の「源泉所得税の加算税賦課決定通知書及び納税告知書」と題する書面並びに同五六年二月一四日付の「源泉所得税の加算税賦課決定等通知書(訂正用)」と題する書面をもつて、源泉所得税(本税)合計三九七万八七二九円の納税告知処分及び右源泉所得税に対する不納付加算税合計三九万五二〇〇円の賦課決定処分(以下、右両処分をあわせて「本件処分」という。)をした(ちなみに、昭和五六年二月一四日付の前記通知書は、同五五年七月七日付の前記納税告知処分においては、同五二年一月分の源泉所得税額が三万八七八三円、また本件処分対象期間中の源泉所得税合計額が三九七万八七三一円とせられていたのを、前者についてはこれを三万八七八一円と、後者についてはこれを三九七万八七二九円とそれぞれ訂正したものである。)。
原告は、本件仮払金は、右大野にとつて明らかに所得税法二八条一項所定の給与等に該当するものではなく、したがつて、原告が右金員を大野に対して支払うにあたつて同法一八三条一項に基づく所得税の源泉徴収義務を負担すべきいわれは毫もないものと確信していたため、本件処分を不服として、被告に対し、昭和五五年八月一一日、右処分について異議を申し立てたが、被告は、同年一一月七日、本件仮払金が右大野にとつて所得税法二八条一項所定の給与等にあたることは明らかである、として右異議申立てを棄却する旨の決定をした。しかし、原告は、右異議申立てを棄却する旨の決定に不服があつたので、更に同年一二月四日、名古屋国税不服審判所長に対して審査請求の申立てをしたが、同所長は、同五六年五月一四日、前記異議申立棄却決定に示された理由と全く同旨の理由をもつて右審査請求を棄却する旨の裁決をした。
4 しかしながら、そもそも賃金仮払いを命ずる仮処分申請事件の判決又は決定に従つて当該仮処分申請事件の被申請人が申請人に対して一定の金員を仮に支払う場合においては、被申請人は、もつぱら右仮処分申請事件の判決又は決定に基づいてこれを支払うにすぎないのであつて、右仮払金が申請人と被申請人との間の労働契約に依拠して支払われる賃金としての性格を有するものでないことは明らかであるから、その支払いを受ける者にとつて右仮払金はもとより所得税法二八条一項所定の給与等にあたるものではなく、したがつて、該金員の受領に基因するその者の所得が同条項にいう給与所得に該当しないこともまたきわめて明らかというべきである。されば、右仮払金を支払つた原告に本件仮払金額から所定の給与所得控除額等を控除した残額に対応する法定所得税額を源泉徴収してこれを国に納付すべき同法一八三条一項所定の義務の生ずべきいわれのないことは余りにも明らかというべきである。
5 以上の次第であるから、原告が前記大野に対して支払つた本件仮払金を目してこれが所得税法二八条一項所定の給与等にあたる旨の謬論に立脚し、原告には右仮払金から法定の所得税を源泉徴収すべき同法一八三条一項所定の義務があるとの見解に従つて行われた本件処分は、もとより違法であつて、いずれもとうてい取消しを免れないものである。
二 請求原因に対する被告の答弁
1 請求原因1ないし3の各事実はいずれもこれを認める。
2 同4及び5において原告の主張するところは、すべてその主張自体失当である。
三 被告の主張
1 使用者による解雇の意思表示の効力を争う被用者が、使用者を被申請人として、被用者たるの仮の地位の保全と解雇後の賃金等の仮払いを求める仮処分を申請し、これに対し、裁判所が該申請を認容する旨の判決又は決定をした場合、右仮処分判決又は同決定に基づいて被申請人たる使用者から申請人たる被用者に対して支払われる金員の性質は、右仮処分判決又は同決定の効力によつて暫定的ないしは仮定的に一応存続するものとせられる両当事者間の雇傭関係に基づいて申請人が一応かつ暫定的に取得する賃金債権に対する弁済金としてこれを把握するのが相当であるから、これが所得税法二八条一項所定の給与等にあたることは明らかというべきである。したがつて、被申請人が、前記のごとき仮処分判決又は同決定に基づいて、申請人に対して該仮払金を支払うにあたつては、すべからく、同仮払金額から所定の給与所得控除額等を控除した残額に対応する法定の所得税額を源泉徴収してこれを国に納付すべき所得税法上の義務を免れるものでないこともまた多言を要しないところである。
2 そして、被告は、原告から前記大野に支払われた本件仮払金が所得税法二八条一項所定の給与等にあたる旨の上記見解に立脚して、その支払者である原告には、当然各仮払金額から所定の給与所得控除額等を控除した残額に対応する法定の所得税額を源泉徴収してこれを国に納付すべき義務があるのに、原告がこれを怠つたとして、所定の法定納期限が経過した昭和五〇年六月分から同五五年三月分までの本件各仮払金について、本判決書末尾添付にかかる別表記載のとおり、原告が各支給年月日欄記載の日にそれぞれ右大野に対して支払つた各仮払金額(同表の給与総額欄記載の金額)から所定の給与所得控除額等(同表の失業保険欄及び厚生年金欄記載の各金額を含む。)を控除した残額に対応する所得税法所定の各源泉徴収税額並びに国税通則法所定の右源泉徴収税額に対応する各不納付加算税額をそれぞれ適式に算定して、原告に対し、原告指摘のごとき源泉徴収税額の納税告知及びその不納付加算税の賦課決定をしたものである。
したがつて、被告の本件処分にはなんらの違法の点もなく、これが取り消されるべきいわれのないことはきわめて明らかである。
理由
一 請求原因1ないし3の各事実は、すべて当事者間に争いのないところである。
二 そこで、すすんで、以下、右の争いのない諸事実関係を前提として、原告がその請求原因4及び5において主張する法律的見解がはたして首肯するに足りるものであるか否かの点について検討を加えることとする。
まず、所得税法二八条一項は、「給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費、年金(過去の勤務に基づき使用者であつた者から支給されるものに限る。)恩給(一時恩給を除く。)及び賞与並びにこれらの性質を有する給与(以下、この条において給与等という。)に係る所得をいう。」として、所得税法上の給与所得の概念を規定している。しかして、給与所得の概念に関する前記所得税法の文言・趣旨に照らして、同法上の給与所得の概念をさらに実質的・社会的・経済的に定義するとすれば、それは、給料、賃金、賞与等その名目の如何を問わず、雇傭契約又はこれに類する原因に基づき、被用者が使用者の指揮命令に服して提供すべき労務の対価として使用者から受けるべき経済的利益を総称するものというべきであろう。
ところで、使用者による解雇の意思表示の効力を争う被用者が、その使用者を被申請人として、被用者たるの仮の地位の保全と解雇後の賃金等の仮払いを求める仮処分を申請し、これに対して、裁判所が該申請を認容する旨の判決又は決定をした場合には、右被用者すなわち申請人は、たしかにそれが暫定的かつ仮定的なものであることはこれを否み得ないが――けだし、右仮処分裁判によつて一応保障せられた申請人の法律上の地位等は、将来ありうべき前示解雇の効力是認の判決確定又は右仮処分裁判の取消しなどの事態の発生を解除条件とする条件付のそれであるから――、ともかく一応、使用者すなわち被申請人との間の従来の労働契約関係が存続しているものとして取り扱われ、かつ、被申請人から右仮処分裁判によつて認められた賃金の仮払いを受けることのできる法律上の地位を保障されるに至つたものというべきである。
そうすると、右被用者すなわち申請人が前示のごとき仮処分裁判に基づいて使用者すなわち被申請人から受け取る当該仮払金員は、少なくとも該金員受領の時点においては、まさに前記所得税法二八条一項所定の給与等に該当する金員以外のなにものでもないものと断定するのほかはない。
以上説示のとおりであるから、右説示と異なり前記のごとき仮払金員が所得税法二八条一項所定の給与等に該当しない旨の法律的見解をあれこれ主張し、かつ、該見解に依拠して、本件処分の全面的違法性を指摘する原告の請求原因4及び5の主張は、すべて独自の見解であつて、当裁判所のとうてい左袒できないところである。
三 されば、本件処分の対象期間、すなわち昭和五〇年六月から同五五年三月までの間に、原告指摘の各仮処分裁判に基づいて前記大野に対しその指摘のごとき各仮払金を支払つた原告としては、該各仮払金の支払いに際して、すべからく所得税法一八三条一項の定めるところに従い、当該各仮払金額から所定の給与所得控除額等を控除した残額に対応する所得税額を源泉徴収してこれを所定期日までに国に納付すべき同税法上の義務を免れ得なかつたものというのほかはない(しかるに、原告が右義務を履行しなかつたことは原告の自認するところである。)。
しかして、本件処分の前記対象期間内における原告の右大野に対する各仮払いにかかる金員の額と原告が右各仮払金の支払いに際して徴収又は控除した失業保険料及び厚生年金掛金の額とがいずれも本判決書末尾添付にかかる別表(支給額明細及び源泉所得税等明細表)の各該当欄記載のとおりであることもまた前示のごとく当事者間に争いのないところであるから、これらの事実関係を前提として、本件処分対象期間内における(源泉徴収すべき)所得税額とこれに対する不納付加算税額とを関係各税法の定めるところに従つて算出すれば、これらがそれぞれ前記別表の各該当欄記載のとおりの金額となることは計数上きわめて明らかというべきである。
四 結論
以上の次第であるから、原告に対して、前項末尾指摘の源泉所得税(本税合計金三九七万八七二九円)の納税告知処分及び右源泉所得税の不納付加算税(合計金三九万五二〇〇円)の賦課決定処分をした被告の措置(すなわち、本件処分)になんらの違法の点もないことは明らかである。してみると、本件処分に違法のかどがあるとしてその取消しを求める原告の本訴請求はすべてその理由がないから、いずれもこれを失当として棄却することとし、なお、訴訟費用の負担については行政事件訴訟法七条・民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 服部正明 熊田士朗 嶋原文雄)
別表<省略>